2010年に復活

世界には様々な競技が存在している、盛り上がりを見せる競技は多数ありますが、熱狂的なファンに支えられているものといえばモーターレースではないでしょうか。モータースポーツと言っても一口に語ることは出来ないものの、代表的なケースとしてあげるべきものはなんといっても自動車レースに他ならない。産業革命と共に人類史の中で顕著すぎるほどの発達と進化を果たした一産業は、世界的巨大市場となって私達の生活を支え続けています。

その自動車を用いてのレースというのも日本を含め、世界各地で開催されています。日本は土地柄的な問題も絡んでいるため頻繁ではないものの、過去において自動車レースが開催された経緯が存在していた。そんな自動車レースが2010年に、『富士スプリントカップ』として復活し、かつてはこの国でも盛んに繰り広げられていた熱い自動車レースである『JAFグランプリ』がまた表舞台へと返り咲きます。

自動車レースといえば世界大会を連想するのは個人的な印象ですが、日本としても自動車大国として数えられている分だけやはり積極的に性能の良さをアピールする場だったのでしょう。見ているだけでも盛り上がりますが、やはり白熱したレース展開は何者をも惹きつける魅力が込められている。自動車の凄さを体感できる競技ですが、自動車レースという枠組みにおいて日本で開催されていたこの競技にも色々な歴史がこもっている。まずはそうした歴史から紐解いていこう。

JAFグランプリの開催

世界規模で普及し、戦後最大とまで言われる発達を遂げた自動車ですがメーカーにとって今後も新商品開発を目的として、今までない形でアピールできるように自動車レースが開催されるようになりました。中でもJAFグランプリは当時日本最大とも言われる二代レースとして数えられ、多くのレーサーが予選を目指し、本選まで勝ち抜くことに躍起になります。ただ大会開催に至って多少なりとも問題となるべき点もありました。自動車レースこそ普及していきましたが、同時に課題となっていたのがレースの中でも特に普及が遅れてしまっていたのが、スポーツカーの一種である『フォーミュラーカー』が市場としても少しばかり発達に遅れをきたしていたのです。

通常のスポーツカータイプについてはレースの影響もあって着実に足を広げていきましたが、フォーミュラーカーについてはあまり好ましくない状況が続いていった。そのため何とかしてフォーミュラーカーも日本で受け入れてもらおうとして開催されたのが、JAFグランプリとなっている。

騒動もあった

JAFグランプリの開催は日本の自動車メーカーにしてみれば絶好の宣伝する場として活用されましたが、それと並行して様々な問題が内包していたのは当時を知る人達にとって複雑だった。1969年に開催し、その翌年には選手宣誓を依頼されていた選手が外国人トライバーと日本人ドライバーとの扱いが恐ろしいほどに違っているという不満を述べ、選手宣誓を拒否する事態が引き起こされてしまいます。その後なんとか大会は終了するものの、暴挙に出た選手は1年間国内レースへの参加を禁じられる。また、1971年から1973年まで計3大会が開催中止になるという不足の時代まで起こってしまった。

思惑こそあれど、1974年には無事グランプリを再開させることに成功し、その後1990年までの間は日本国内でもフォーミュラーカー振興を目的にした自動車レースとして高い注目度を集めていきます。こうして見れば良い方向にまるく落ち着いてくれたと思いたいところだが、実際は不完全燃焼といった具合にすっきりしない結末となっている。

自動車競技の本質として

自動車競技は運転している側にしてもそうですが、見ている側にしても非常に鬼気迫る迫力が伴う競技だ。正直見ているだけで寿命が1年ほど短くなるような思いに苛まれます、そんな興奮が楽しめるから良いんだと考えている人もいますが、個人的に生きた心地がしないがスリル満点だということだけはきちんと理解している。ただ勘違いしてはいけないのが、自動車競技とは確かに速さを競うレーシングとなっていますが、速さを競う以前に相手より速く、安全に到着するという根本的な理念が込められて行われている競技となっています。

実際、自動車レースは非常に事故発生が頻繁に起こって、簡単に運転手の命が失われるくらいだ。レースをする楽しみや喜びはあるにしても、結果とともに五体満足で勝てなければ意味がありません。ギリギリ限界の状況下でいかに速く、そして無事につけるかがレースの醍醐味だ。

レースに使用されている自動車の種類はいくつか存在していますが、JAFが促進させようとしていたフォーミュラーカーレースとはどのようなものなのか。

フォーミュラーカーレースについて

フォーミュラーレースはスポーツカーレースとはまた違ったもので、特徴的なのはレースで使用されている車体だ。スポーツカーなどは通常の自動車と同じように四駆の箱型形状となっていますが、フォミュラーカーの場合はドライバーと車輪がむき出しの状態となっている。一見すると安全に走行できるようなボディではないので、危険が伴うのもしょうがないと考えられる。ただ設計上は安全に走行できて、よほどのことがなければ大事故に繋がるような事態にはならないと言われている。それにしては運転手がヘルメットを付けて、完全フル装備で何が起こっても生存の可能性が残せるような頑丈な様相はもしものためを想定してといったところか。

日本で普及したか

JAFグランプリを参照しても、日本国内でフォーミュラーカーレースが普及したかと言われると中々そうとも言えないでしょう。加速して走行するフォルムは問題なく格好がいいと言えなくもないですが、やはり国内で活躍ばかりしても目立った行動力を示すことが出来ません。逆に国内である程度活躍をした後は、海外へと活躍の場を移すといった形に落ち着いている。

その後も後進となるレーサーは何人と登場したものの、レースそのものの開催が休止されたことなどを踏まえると、スポーツカーレースの方が圧倒的な人気を博しているというのが現実だ。普及させるために開催されるも、あまり効果は伴わなかったようだ。

国内で自動車レースといえば

JAFグランプリこそ20年という時間の休止を経て復活するも、2013年以降は開催に至らずという状況に陥っているので、状況は余り芳しくはないでしょう。ではその他の自動車レースで日本で最も代表的なものといえば何かとなったら、様々なものがあります。